皆川榮治のニュースレター 第066号2013年2月1日
news_field 許文龍さんと仰げば尊し

 先だって奇美実業グループ創始者 許文龍さんのインタビューしたことを本誌62号で掲載しましたが、このときのことを再掲します。
 氏は84歳のご高齢に拘わらず大変お元気で、インタビューの終わりに「ちょっと弾いて見ましょう」と言い、バイオリンを取り出し馴染みの深い一曲を演奏して下さいました。曲は「仰げば尊し」で日本人なら誰でも知っている懐かしい卒業式の歌です。

 私が25年前、初めて台湾に赴任した時近くのホテルで、学生さん達が恩師を囲んでこの曲を歌っているのを聞き、「台湾でもこの曲を歌っている!」と驚いたことがあります。もちろん北京語でしたが、後日日本語の歌詞と同じような意味である、と聞きました。
  「青々校樹萋萋庭草 欣霑化雨如膏----(中略)----誨我諄諄南針在抱 仰譫師道山高」と言う歌詞で、日本統治時代から卒業式で歌われていたものが戦後の台湾でも「畢業歌」(卒業歌)として歌われるようになり、今も学校によっては歌っている学校があるそうです。
 この曲は1884年に発表された文部省唱歌ですが、長い間諸説がある中で、原曲が不詳とされていました。ところが昨年1月一橋大学桜井雅人名誉教授がアメリカにこの原曲があることを突き止め、1871年発行の楽譜を見出し、「世紀の大発見」とされたと言うのです。
 日本語の「仰げば尊し 我が師の恩---」と言う歌詞も原曲の英文に近似した日本語訳になっているようです。この曲を明治の文部省音楽取調掛の伊沢修二(のちに1895年台湾に渡り、総督府民政局学務部長に就任)が文部省唱歌に移植したとされています。従って台湾での「仰げば尊し」も伊沢修二と大いに関係が深いと考えられます。
 許文龍先生はインタビューの際、明治天皇の御製を紹介されています。
 「新高の山のふもとの民草も茂りまさるときくぞうれしき」これを読んだ台湾の民は「自分たちも日本国民である」との思いを持ち大いに奮い立った、と語っておられましたが、バイオリンを奏でる「仰げば尊し」を聴きながら、訪問した我々一同も一緒に歌いましたが、許文龍さん自身もこの曲に乗せて恩師への恩に通ずる「日本時代への思い」を奏でておられたように聞こえました。


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