皆川榮治のニュースレター 第6号(2002年2月7日)

台湾の政治・経済の現状

 広島県商工労務部の委嘱により、同部広報に"台湾の政治・経済の現状"を掲載しました。台湾在住の方には極めて基本的な内容ですが、ご参考までニュースレターに掲載致します。
 尚、第6号にて予定しておりました"円安の原因と見方"につきましては第7号にて掲載の予定です。

 台湾企業とビジネスを始めるに当って、台湾の政治・経済を把握しておくことは不可欠です。
 と言うのは、台湾は隣にある大国、中国との間で政治的に緊張した関係を過去50年も続けており、これが台湾の政治・経済に大きく影響しているからです。

1. 統一派と本土派の対立

 始めに政治を見てみましょう。
 一言で言って、今台湾の政治は、統一派と本土派の二つに分かれて激しい争いをしていると言えます。
 統一派と言うのは、戦後中国から台湾に来て統治した国民党と、そこから分かれた親民党が中心で、産業経済の世界の流れに影響を与えている中国との関係を深め、将来の台湾の生きる道を求めていこうという考えの人達です。
 本土派と言うのは、戦後台湾を支配して圧制を敷いてきた国民党を嫌い、引いては中国人を好まない人達が、台湾の台湾らしさを求めて行こう、その為に日本との協力関係を強め、台湾の地位を強めようと言う人達です。
 この背景には、戦後中国から来て台湾を統治した国民政府軍の台湾統治が、それ以前の日本統治と余りにも違って、ひどかったという歴史があり、50数年の間にこの対立が出来て来たものです。
 李登輝前総統は、1988年に蒋経國総統が亡くなった後、憲法の定めで副総統から自動的に台湾人初めての総統になった方で、当初は任期切れに伴い、次の新総統にとって替わられると思われていたものが、予想に反し次第に力を発揮し12年間にわたり、台湾民主化を実現し、遂には総統の民選化まで実現した人です。更に台湾自前の政党である民進党の陳水扁が民選で総統になった後は、政見の対立を越えて台湾人総統を皆で支えることによって中国との関係を克服すべきだと主張しています。
 しかし、現実の政治は民進党が政権を取ったとは言え、議会では少数党である為、施策がことごとく多数野党の国民党+親民党にくつがえされると言う、政局の混乱が続きました。陳総統が選出された2000年5月から2001年12月の立法委員(国会議員)選挙までの1年半は、次の選挙を狙った人気取り中心の対立と混乱の時期であったと言えます。
 2001年12月の立法委員選挙は、かってない不況下で行われた選挙であり、執政党には当然不利であったのですが、予想に反し結果は民進党が第一党となり、国民党が大敗する結果となりました。
 しかしながら選挙中、台湾の団結を訴えて李登輝前総統の支持者達が起こした、台湾団結連盟と合わせても、本土派は過半数に不足しており、逆に国民党+親民党は合わせて過半数を超える議席をかかえており、国会運営はまだまだ厳しいものがあります。
 しかし、2000年5月からの1年半の与野党の対立と混乱を見てきた国民の目は、同じ混乱を許さない状況にあり、台湾の民主主義も次第に成長の道を歩んでいると言えるでしょう。
 しかしながら、本年1月に行われた全国地方市町村選挙では、圧倒的に国民党が勝利を得ましたが、このことは台湾の民主政治が地方ではまだまだ根付いていないことを示しました。即ち、戦後台湾を統治した国民党が地方の実力者を、特権の分配と共に育てて来た体質が未だに消えていないことを如実に示したと言えます。
 国民の民主政治教育が待たれるところです。

2. 経済の状況

 台湾経済は1997年の東南アジア経済危機に際しても一人成長を維持し続け、強さを誇った台湾でしたが、2000年10月以降の米IT不況に端を発する世界不況の影響は避けられず、今や不況の真っ只中にいると言えます。
 この数年、台湾経済の5~6%成長を引っ張って来たのは電子電機産業であったのが、IT不況によりこの機関車が弱くなり、加えて世界の工場、中国への生産移転による台湾の空洞化が現実のものとなり、2001年は好況業種がないくらいの不況に立ち至りました。成長率もマイナス2%ぐらいになるものと言われています。
 その結果、台湾のシリコンアイランドと言われる新竹(しんちく)科学園区(電子産業を中心とする工業区)では、中国へ工場移転をして工場建物を売却に出している区画が目立っている程です。
 しかし、2000年9月以前は全て状況が異なっており、電子・電機産業が機関車役を演じ、毎年5~6%の経済成長率を支えて来ました。
 特にコンピュータとその関連産業の裾野は広く、関連部品材料産業も活況を呈していました。
 アメリカのデル、コンパックがいち早くPCの台湾での委託生産を実施し、遅れて今では日本の全メーカーが台湾に生産依存しています。

 今回の台湾における不況は、日本のバブル崩壊後の現象に幾分類似しています。即ち、不動産・株式バブルの崩壊で金融機関、建設業等が多額の不良債権(8000億元と言われる)をかかえており、この処理が急がれています。
 また、中国への工場シフトの結果、失業者が増加し、かってなかった失業率5.6%に達しています。
 陳水扁総統はこの不況を打開する為、2001年8月に政官産学各界の有識者を集め、大会議を開催し、衆知を集めて今後の台湾の方向づけを決めました。
 産業界の強い要望によってWTO加盟後の中国に通商、通航、通信の自由化を促進する方向も決まっています。
 更に「知識経済」への方向付けも打ち出されており、台湾の経済・社会が考えるシステムへ向かうことを目指しています。
 労働集約型、大量生産品は中国へ、高付加価値、知識集約型生産品や事業は台湾で、との方向です。この面で日本と共通する方向にあり、日台の協調は一層深まるものと言えるでしょう。

新原経営顧問(股)公司